《寄稿》日米の医師の働き方の比較 〜日本の医療界に対する提言〜
USCF 博士研究員 循環器内科医
中須賀 公亮(なかすか こうすけ)
https://x.com/kosukenakasuka
アメリカと日本 医師の働き方の比較
私は日本では循環器内科医として働いていましたが、留学先の米国サンフランシスコでは研究に従事しています。私は米国の臨床医ではありませんが、実際に見たこと、臨床医から聞いたことなどを参考に米国サンフランシスコの働き方を紹介したいと思います。私は循環器内科領域で仕事をしていますので内容に偏りがあるかもしれません、あらかじめご了承ください。
まず私が米国で驚いたのは、圧倒的な分業が成立しているところです。日本でも最近注目されていますが、ナースプラクティショナー(NP)の役割が多岐にわたっており、日本だと医師が行う多くの仕事をNPが担っています。例えばカテーテル治療では血管穿刺、その後の止血から病棟管理まで実施します。重要なインフォームドコンセント以外は、NPが患者さんやその家族に説明を実施しますし、必要な投薬もNPの判断で実施します。日本のように多くの連絡を取り合うことがないため、医師はPHSではなく自らの携帯電話や据え置き型の電話を使用します。
COVID-19の影響もあるようですが、現在ミーティングは基本的にオンラインです。研修生に対する指導やカンファレンスもオンラインです。外来はオンラインと対面との混合で、医師によってはオンライン外来を自宅で、対面外来を月に1~2回病院に出勤して行っています。
医療現場に限らず、こちらの人々は夕方5時頃には仕事を終えて帰宅します。長く仕事することを美徳とはせず、家族との時間を大事にします。医療現場は内科診療でもシフト制、担当医性が敷かれており、医師やNPその他職種のプロフェッショナルは、与えられた時間にしっかりと仕事をして、時間がきたら帰宅するというかたちです。私と一緒に仕事をする循環器内科フェロー(男性)は奥さんも内科医なのですが、最近お子さんが生まれたばかりです。しかし家事の分担や、ベビーシッターを雇うことで夫婦ともに仕事を継続しているとのことでした。日本でもベビーシッターや家事代行サービスが広がっているようですが、特に共働きであればこのようなサービスを積極的に利用し、自らの時間を作ることも一つの選択肢ではないかと感じています。男性の育休使用も当然の権利として受け入れられています。もちろん、奥さんが主に仕事を担う家庭、旦那さんが主に仕事を担う家庭もあるようで、どのような形でもその家族に最もフィットする方法が最良なのだと思いました。きちんと夏季、秋季(サンクスギビング)、冬季(クリスマス)にバケーションをとります。共働きがほとんどで、女性だから、男性だから、という雰囲気は感じません。夫婦であればお互いに良いバランスを模索し、お互いのキャリアを尊重するように見受けます。日本では、男性が働き手として社会に期待されている側面があり、その結果女性が家事育児を務めるといった風潮があります。男性に対する見えないプレッシャーをほどけば、ライフワークバランスを尊重する男性も増えるでしょうし、その結果女性の社会進出を促すことにつながるものと思います。高齢化が顕著な我が国では、労働力を確保するという点でも、より男女垣根なく自由な働き方ができる社会を目指すべきであると考えています。社会全体が新しい価値観に移行していく必要がありそうです。
今後の日本の医療界に対する提言
私は、医師の働き方改革には「意識改革」「柔軟性」「評価と契約」が必要であると考えています。根本的に、医師(に限りません)全体が「自分と他人の価値観は違う」ことを受け入れ、人それぞれ異なる人生、価値観を有していることを尊重しあうことが重要です。それができれば、柔軟性のある働き方(例えば子供の運動会があるから午後休をとる、など)もおのずと可能となり、他人の目を気にして休暇取得に罪悪感を持つ必要も無くなります。しかしながら一方、組織で仕事する場合、柔軟性を理由にサボり続けてよいわけではありません。最低限の節度を保つために必要なのは「客観的評価」とそれに連動する契約です。他人より労働時間が短くても、結果を出していい評価を受ければポジションは守られ、評価が低ければポジションを失う(次の契約を得られない)という当然の原理が働いてこそ、様々な働き方を選択できます。評価を受けるのは雇用者もしかりです。そのポジションが魅力的でなければ人は集まりません。そのために雇用主はいい人材を集めるため魅力的な職場環境にする努力を行い、働き手もいいポジションを得るための努力をするという双方向の評価システムが必要だと思うのです。前述のNPもそうです。NPの給料は一般ナースよりも良いため、NPのポジションはどこも人気です。自分のポジションを守りたければ、きちんと仕事をするしかありません。一般的な企業では極めて当然のことですが、日本では医師を含む医療従事者は、当然きちんと仕事をしてくれるだろうという前提の下、労働時間のわりに少ない給料で働かされていることが現状です。現行の働き方改革は主に労働時間の制限に重きが置かれていますが、それだけでは特に厳しい社会となった日本では、心身ともに健康な医師による医療サービスの提供は難しいと感じています。心の余裕があってこそ、患者さんといい人間関係を気づき、より安全な医療が実施できるものです。今こそ、医師がとても過酷な現場で仕事していることを国民全体と共有できる良い機会であり、同時に医師自体が旧態依然とした考え方を改める時ではないでしょうか。
医局長の時の問題と対応
多くの問題は、人員不足によるものです。COVID-19パンデミックの際が最も大変でした。医療スタッフがCOVID-19に罹患するとしばらく出勤できないため人員不足となる時期もあり、大学内だけでなく外勤先の業務に影響がありました。また、小さなお子さんがいらっしゃるスタッフは、お子さんの突然の病気などで急にお休みすることがあり、その対応に追われました。いずれもスタッフ皆さんの協力で乗り越えることができました。働きながら育児を続けるスタッフに対して何ができるのかは難しい問題でした。そのスタッフのキャリア形成についての悩み(育児のせいで仕事に集中できないなど)を聞く一方、育児は家庭案件ですので、医局として何か介入できるわけでもなくただそのスタッフの働き方に寄り添うしかできませんでした。
キャリアに対する気づき
米国の大学生、医学生、医師は常にモチベーションを持って仕事をしなくてはいけない仕組みになっています。4年制大学を卒業した後、医師を目指す人はmedical school(4年間)に入らなければいけません。medical school入学に重要なのは日本のような受験勉強ではなく、「これまで何をどれだけ努力し成し遂げたか」という業績や内申点です。ですのでmedical schoolに入りたければ、特に大学生時代にどんな活動をして過ごしたかが大事になります。medical schoolを目指す人の中には、大学卒業後にあえてどこかの研究室に身を置き、「研究に従事した、論文を書いた」といった業績を手にしてmedical schoolに応募する人もいます。晴れて合格したら、次は無事に卒業できるよう勉強を頑張ります。その内申点や、医学生時代の活動が医師になってすぐの研修先選定に響きます。これら目に見える業績の積み重ねでよりよいポジションを勝ち取ることができる仕組みになっています。私がこのシステムを知って感じたことは、米国の医学生は医師になるために遠回りをしているようで、結果的に医師になった時すでに相当な力をつけているだろうなということです。例えば大学時代に工学や物理を学んでいても、意志ひとつで医師になる道は開かれ、医師になった暁には医療工学や医療AIなどの専門性に秀でた人材になり得ます。ストレートなキャリアが一見優れているように見えますが、まわり道でも、いやむしろその方がキャリア形成にプラスに働くことがあるかもしれません。目標や自分の将来イメージが定まったら、それを思い描きながら、たとえ回り道になったとしても自分が思う道を選んでいくことがキャリア形成に大事なことなのではないかと思っています。
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